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名古屋高等裁判所 昭和52年(ネ)519号 判決 1981年4月16日

控訴人

株式会社宝環器センター

右代表者

萩原秋子

右訴訟代理人

金谷鞆弘

外二名

被控訴人

渥美郡清掃施設組合

右代表者

松井則次

右訴訟代理人

白井俊介

外一名

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用はいずれも控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人、被控訴人の各当事者の地位については、当事者間に争いがない。

本件の主要な争点は、控訴人と被控訴人との間に、昭和五一年四月一日以降、し尿の収集運搬委託契約が成立、存続しているか否かにある。よつて、以下、控訴人主張の被保全権利の有無を判断する前提として、控訴人、被控訴人間の従前の契約関係について検討することとする。

なお、当事者双方が原審昭和五一年(ヨ)第五九号及び同五一年(モ)第二三六号各事件で提出した書証のうちその内容を同じくするものは、以下の理由説示において特に断らない限り、原審昭和五一年(ヨ)第五九号事件の書証番号のみで表示する。

二<証拠>を総合すると、一応次の事実を認めることができ<る。>

1  前叙のとおり、被控訴人は、昭和三九年四月一五日、地方自治法に基づき渥美郡田原町、渥美町、赤羽根町の汚物の収集、汚物処理施設の設置及び管理等の事務を共同処理することを目的として設置された一部事務組合であるが、昭和四一年四月一日には、渥美郡赤羽根町大字高松字尾村崎五四九番に、し尿処理施設(以下「処理場」という。)を完成させ、同日より業務を開始した。

なお、被控訴人には、議決機関として議会が置かれ、議会は業務遂行上必要な予算の議決権を有する。また、執行機関として管理者一人、副管理者二人及び収入役一人が置かれ、管理者は田原町長の職にある者を、副管理者は渥美町長及び赤羽根町長の職にある者を、収入役は田原町収入役にある者をもつて充てるとされ、管理者の附属機関として運営委員会、監査機関として監査委員二人が置かれているほか、被控訴人には管理者が任命する吏員その他の職員が置かれている。

2  控訴人会社の代表者萩原秋子は、昭和四〇年三月一三日、渥美郡田原町々長より田原町一円につき汚物取扱業の許可を、同年三月二五日、同郡赤羽根町々長より赤羽根町一円につき汚物取扱業の承認を、同年九月二八日、同郡渥美町々長より渥美町一円につき汚物取扱業の許可をそれぞれ受け、昭和三四年に赤羽根町長及び渥美町長から許可を受けた同業の荒木衛生社の一部担当地域を除く赤羽根町及び渥美町のし尿収集運搬業務を行なつてきたが、荒木衛生社は昭和四一年八月業主の死亡により廃業したので、その後の赤羽根町及び渥美町における汚物取扱の許可業者は萩原一人となつた。なお、田原町は、前記処理場完成時まで、し尿収集を直営で行なつていた。

萩原秋子は、右のとおり許可業者として赤羽根町及び渥美町におけるし尿の汲取を行ない、自主料金として一八リットルにつき三五円を住民から直接受取つてきたが、被控訴人の処理場が本格的に機能し始めた昭和四一年八月頃からは、被控訴人からの委託を受け右両町のし尿収集運搬を継続して実施することとなつた。

ところで、被控訴人組合設立後も、し尿汲取手数料については、これを直営で行なう田原町は一八リットル当たり一三円、荒木衛生社は同じく三〇円、萩原秋子は同じく三五円とその料金が区々に分れていたため、被控訴人は、業務開始後、その一本化を検討し、被控訴人の議会は昭和四一年一〇月七日被控訴人による直営の手数料及び委託料をともに一八リットル当たり二七円と決定し、両者の統一を図つた。そして、赤羽根町及び渥美町におけるし尿収集運搬が萩原秋子と被控訴人との委託関係に切替えられてからは、被控訴人が汲取手数料を住民から徴収し、萩原には被控訴人から委託料が一八リットルにつき二七円の割合で支払われることになつた。

なお、被控訴人の処理場が完成するまでは、収集されたし尿は、被控訴人所有の中継槽に投入されたり、肥料として農地に還元されたりしてきたが、処理場完成後は農地還元が認められなくなつたため、収集されたし尿はすべて処理場まで運搬しなければならないことになつた。

3  萩原秋子は、その営業形態を会社組織にするため、前記認定のとおり昭和四二年七月三一日控訴人会社を設立し、その後における赤羽根町及び渥美町のし尿収集運搬は、控訴人会社に引き継がれ、控訴人会社が主体となつて行なうようになつたが、控訴人(前営業主体である萩原秋子を含む。)と被控訴人との間には、昭和四六年七月二七日に至るまで契約書等の作成及び調印は行なわれなかつた。

4  控訴人と被控訴人との間では、その後、昭和四三年三月一日から、委託料が一八リットル当たり三〇円六〇銭に値上げされた(なお、被控訴人の汲取手数料も同日から一八リットル当たり三六円に値上げされた。)が、右両者間には、契約書調印についての合意が成立しないまま委託関係が継続されてきた。

5  控訴人は、昭和四六年二月二五日、委託料の値上げを要請し、次のような内容の陳情書を被控訴人に提出した。すなわち、右陳情書において、控訴人は、昭和四一年に直営の汲取手数料及び委託料が一八リットル当たり二七円に統一された際、自主料金として一八リットルにつき三五円を受領していた控訴人にとつては、右料金統一は値下げを強いられるものであつた上、処理場までの運搬経費が増大するところからこれに難色を示したが、当時の被控訴人の職員であつた原田場長から、①渥美町西山地内の町所有の中継槽まで控訴人が収集投入すれば、同所から処理場までの運搬は被控訴人において行なう、②処理場へのし尿投入に伴う事務費、投入費等の諸経費は徴収しない、③控訴人に赤字が出れば被控訴人において負担する旨の確約を得たので、右値下げを承諾したところ、被控訴人は右①の約束を履行しないこと、昭和四三年三月一日以降、直営の汲取手数料は前記のとおり三六円に値上げされたのに、控訴人への委託料は三〇円六〇銭に値上げしたのみで、右差額相当分を被控訴人が手中に収めているのは、右②の約束に反すること、右①の約束不履行のたか、控訴人が処理場までの運搬を負担していることに伴う輸送料については昭和四三年二月当時の被控訴人の職員であつた小山所長から過去に遡つて支払う旨の確約を得たのに、その履行がなされていないことなどのほか、経営の窮状を訴えて、委託料の値上げを被控訴人に求めた。

これを受けた被控訴人の議会は、同年二月二六日第一回臨時議会終了後の全員協議会において、右陳情書の取扱いについて協議した結果、被控訴人の正、副管理者が控訴人と協議することになり、右両者間で、同日協議がなされた。そして、控訴人と被控訴人の正、副管理者との協議では、汲取手数料を一八リットル当たり五〇円、委託料を同じく四三円二〇銭と決定すること、委託契約の締結を行なうこと、陳情書を破棄すること、直営と委託の汲取区域を入れ替えることなどの六項目につき検討がなされた。

次いで、同年三月五日及び同月八日、控訴人と被控訴人との間に話し合いが行われ、被控訴人から控訴人に対し、①委託契約書を取り交わすこと、②委託料は毎年検討すること、③委託料の値上げは手数料の値上げの時期と同時の昭和四六年四月一日以後の汲取分から実施する。④陳情書は破棄し、原田元場長、小山前所長の言動については一切なかつたものとする、⑤汲取区分は原則どおり田原町直営、渥美町及び赤羽根町委託とし、田原町内の汲取をできる限り、控訴人の応援、協力を求める方針とする、⑥次の委託料検討の時期には控訴人と協議して実情を調べ、必要経費等収支の積算を行ない、その資料に基づいて運営委員会、議会等に検討を願う、⑦浄化槽の汚水投入は許可しない方針の七項目にわたる申入れがなされ了解を求めたところ、控訴人から被控訴人に対し、①田原町内を控訴人が応援する場合はその地区全部とする、②県と協力し、研修会、研究会等を実施してほしい、③毎月の控訴人の汲取量とこれに対する手数料、委託料等の数値は文書で連絡してほしいとの申入れがあつたので、被控訴人は同年三月二五日これを了解し、契約書の原案を作成の上、修正事項があれば修正されたい旨付言し、右原案を控訴人に交付した。これに対し、同年三月二九日、控訴人から、契約書または覚書に希望事項を記入したい旨の申入れがなされたので、双方ともこれを覚書に残すことにした。

その後、被控訴人は、同年五月上旬控訴人に対し契約書の作成方を要請したところ、控訴人から検討中との回答がなされた。そのうち、右契約事務を担当していた被控訴人の職員である小林義明所長が同年五月一四日に配置換えとなり、後任として夏目高次が同年五月一五日所長に就任した。そして、被控訴人の事務を引き継いだ夏目所長は、同年五月下旬、控訴人に対し契約書原案の検討方及び昭和四六年度委託料についての請書作成方を依頼したところ、同年六月八日、控訴人から昭和四六年度委託料についての請書が提出された。更に、委託契約書については、控訴人と被控訴人とが話し合いの上調印することにされ、夏目所長は、同年六月二八日、控訴人と契約書の作成について協議したところ、控訴人は、小林所長作成の覚書は簡単で控訴人の言い分を記載していないから、経過を記入の上、契約書を作成したいと要望した。そこで、控訴人の右要望を容れ、同年七月二七日、控訴人と被控訴人との間における右折衝経過を記載した覚書が作成された。これとともに、従来からの控訴人の運搬費要求問題に関する代償として、し尿収集以外の浄化槽清掃、ごみ収集業務も取扱わせてほしいとの要望が控訴人から被控訴人に対して出されたので、被控訴人の管理者は右要望を容れるのもやむを得ないとの考えから、三町長了解の上で、右覚書に付加して、「昭和四五年法律第一三七号廃棄物の処理および清掃に関する法律施行に伴い市町村長の権限範囲において許認する項については一切乙(控訴人)に許認する。為念。」なる念書が作成され、控訴人に交付された。そして、右同日、右覚書及び念書の作成と同時に、被控訴人が懸案事項としてきた委託契約書の調印が控訴人、被控訴人間においてなされた。

右委託契約書によれば、控訴人及び被控訴人は、清掃法(昭和二九年法律七二号)六条二項及び同法施行令(昭和二九年政令一八三号)二条の二の規定により、ふん尿の収集運搬について委託契約を締結するものとされ、控訴人は被控訴人の作成した収集計画に従つてふん尿の収集運搬をし、被控訴人の処理場に投入すること、委託料は一リットルにつき二円四〇銭とし、昭和四六年四月一日以後の収集運搬に対するものから適用すること、委託期間は昭和四六年四月一日から一年とすること(ただし、再契約は妨げない。)などが約されている。

なお、右委託契約書の調印時には、被控訴人の控訴人に対するし尿収集運搬業務の委託範囲は、従前どおり渥美町及び赤羽根町であつたが、同年八月の台風後、被控訴人が控訴人に対し田原町内のし尿収集につき応援を求めたのを契機として、同年八月三〇日以降、田原町の萱町二区、萱町三区及び野田地区が委託範囲に加えられた。

6  昭和四七年度のし尿収集運搬の委託料につき、控訴人と被控訴人は協議を遂げた上、同年度の委託料は一八リットル当たり四四円一〇銭と決定し、昭和四七年三月三一日付で委託契約書を作成した。

右委託契約書によれば、清掃法が全面改正されたのに伴い、控訴人及び被控訴人は、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(昭和四五年法律一三七号)六条三項及び同法施行令(昭和四六年政令二一八号)四条により、ふん尿の収集運搬についての委託契約を締結するものとされ、委託料は一リットルにつき二円四五銭とし、昭和四七年四月一日以後の収集運搬に対するものから適用すること、委託期間は昭和四七年四月一日から一年とすること(ただし、再契約は妨げない。)とされているほか、その余の契約内容は前記昭和四六年度の委託契約書のそれと同じである。

7  昭和四八年度のし尿収集運搬委託料につき、控訴人、被控訴人間で協議検討が行われた結果、同年度の委託料は一八リットル当たり四四円一〇銭と決定され、昭和四八年四月一日付で委託契約書が作成された。

右委託契約書によれば、委託料は一リットルにつき二円七八銭とし、昭和四八年四月一日以後の収集運搬に対するものから適用すること、委託期間は昭和四八年四月一日から一年とすること(ただし、再契約は妨げない。)とされたほか、その余の契約内容は前記昭和四七年度の委託契約書のそれと同じである。

8  昭和四九年度のし尿収集運搬委託料については、年度当初、控訴人及び被控訴人間で協議が行われた結果、同年度の委託料は一八リットル当たり六五円と決定され、昭和四九年四月一日付で委託契約書が作成された。

右委託契約書によれば、委託料は一八リットルにつき六五円とし、昭和四九年四月一日以降の収集運搬に対するものから適用すること、委託期間は昭和四九年四月一日から一年とすること(ただし、再契約は妨げない。)とされたほか、その余の契約内容は前記昭和四八年度の委託契約書のそれと同じである。

控訴人は、同年六月一五日、昭和四八年末からの石油ショックによる諸物価の高騰を理由として、し尿収集料金原価計算書を被控訴人に提出するとともに、委託料の値上げ(一八リットル当たり一七四円二四銭)を求めた。そこで、控訴人及び被控訴人の協議の結果、委託料を一八リットル当たり一一〇円とすることが最終的に合意され、被控訴人の議会も同年九月三〇日開かれた本会議でこれを承認し、同年一〇月一日付で、控訴人、被控訴人間に委託契約書が作成された。

右委託契約書によれば、委託料は一八リットルにつき一一〇円とし、昭和四九年一〇月一日以降の収集運搬に対するものから適用すること、委託期間は昭和四九年一〇月一日から一年とすること(ただし、再契約は妨げない。)とされたほか、その余の契約内容は昭和四九年四月一日付の委託契約書のそれと同じである。

なお、右委託契約書調印の際、控訴人は、契約期間を昭和五〇年三月三一日までとし、翌昭和五〇年三月に、昭和五〇年度のし尿収集運搬委託料を再検討することを被控訴人に要望したところ、再値上げ問題をおそれた被控訴人は、これを回避するため、年度途中ではあるが、委託期間を昭和四九年一〇月一日から昭和五〇年九月三〇日までの一年間とする前記委託契約書を作成し、これに調印した。

9  昭和五〇年度のし尿収集運搬委託料については、右のとおり昭和四九年一〇月一日付委託契約書により昭和五〇年九月三〇日までは一八リットル当たり一一〇円とされたが、同年一〇月一日以降の委託料につき、被控訴人は、同年八月一二日控訴人に対し、一八リットル当たり一一〇円で再契約してもらいたい旨の申入れをしたところ、控訴人は、同年八月二九日原価計算書を被控訴人に提出し、一八リットル当たり一七一円九五銭に値上げするよう要求した。

これに対し、被控訴人は、同年九月一八日頃、被控訴人による原価計算結果を示した試算表を控訴人に交付して、前記申入れの一一〇円の正当性を示しながら、同金額による再契約の締結を要請したが、控訴人はこれに不満の意を表明した。

そこで、被控訴人の管理者は、運営委員会を開いて検討した結果、同年一一月一日から委託料を一五円値上げして一八リットル当たり一二五円とする案で議会の承認を得ようと考え、その旨を同年九月二四日控訴人に伝えるとともに、右議案資料を作成して議会にはかつたが、議会は一一〇円でも近隣の市町村に比較して低くはないとして右値上げ案を承認しなかつた。そこで、被控訴人の管理者は、同年一一月一日控訴人に対し、右値上げ案を昭和五一年四月一日実施で議会の承認を得られるよう努力する旨を約し、それまで待つよう控訴人の説得に努めた結果、控訴人もこれをやむなく了承し、昭和五〇年一一月一一日頃、昭和五〇年度のし尿収集運搬委託契約書の調印が行われ、同年一〇月一日付で同契約書が作成された。

右委託契約書によれば、委託料は一八リットルにつき一一〇円とし、昭和五〇年一〇月一日以降の収集運搬に対するものから適用すること、委託期間は昭和五〇年一〇月一日から昭和五一年三月三一日までとすること(ただし、再契約は妨げない。)、契約期間中著しい物価の変動または経済状況の変化が起きた場合、協議を行なうこととされたほか、その余の契約内容は昭和四九年一〇月一日付の前記委託契約書のそれと同じである。

なお、昭和四九年一〇月一日付の委託契約書では、前記のとおり委託期間が昭和五〇年九月三〇日までの一年間とされたが、右昭和五〇年一〇月一日付の委託契約書では、委託期間を被控訴人の会計年度と合致させ、委託期間が昭和五〇年一〇月一日から昭和五一年三月三一日までとされた。

10  昭和五一年度のし尿収集運搬委託料については、前記のとおり被控訴人によつてその検討方が約束されたが、被控訴人は、昭和五一年一月二六日頃、控訴人に対し、前記昭和四六年七月二七日付の念書の白紙化を条件に委託料の値上げに応ずるとの態度を表明し、以後数回にわたつて控訴人との間に話し合いの機会を持つたが、右念書の取扱いと委託料の値上げ問題についての合意は得られなかつた。

右のような状況下において、被控訴人の議会は、昭和五一年三月二六日、控訴人の経営は合理化されていないこと、控訴人に対する従前の委託料は近隣の市町村の料金に比べ低くないこと、念書は無効なものとして破棄すべきであることなどを理由に、同年四月一日以降のし尿収集運搬委託契約は一八リットル当たり一一〇円で契約すべきであり、その際、念書は無効であることを明確にすべきである旨の決議をした。右決議に基づき、被控訴人は控訴人に対し、昭和五一年四月一日付内容証明郵便により、念書は無効であり、控訴人が昭和五一年四月一日以降汲取つて投入しているし尿の手数料は、契約成立までの間一八リットル当たり一一〇円で取扱う旨の通知をするとともに、管理者の記名押印のある委託契約書を送付し、昭和五一年四月一日以降委託料を一八リットル当たり一一〇円、委託期間を一年とする(ただし、再契約は妨げない。)を内容とする契約の申込みをし、控訴人に対し契約書への調印を求めた。

これに対して、控訴人は、同年四月五日被控訴人の管理者と会談し、右通知についての説明を求めたが、納得のいく回答が得られなかつたとして、同年四月一〇日付内容証明郵便をもつて、念書は有効であり、契約に関する紛議は協議によつて解決するとした従前の委託契約書の趣旨に照らし、これまでの交渉経過を土台として協議をなし、円満解決を図るよう希望するとともに、委託料についてはこれを留保した上での契約書調印には異存がない旨の通知をした。更に、控訴人は、同年五月一〇日被控訴人に対し、委託料について協定が成立するまで前年と同一の料金で請求する旨及び委託料につき協定が成立したときは同年四月一日に遡つて新料金により請求する旨の通知をなし、翌同年五月一一日には被控訴人の管理者と会談し、輸送料について審議を尽してほしいこと、その審議中は仮契約を締結して委託料を支払つてもらいたい旨を申入れた。これに対し、被控訴人の管理者は、一一〇円以上で契約することはできない旨主張し、輸送料は契約締結後に検討するから、一一〇円で契約を締結するよう要請したが、控訴人は輸送料の支払について固執しこれに応じなかつた。

更に、控訴人は、同年五月一八日付内容証明郵便により、念書を無効とする根拠を明らかにすること及び協定が成立するまでの暫定料金として前年度の委託料金で算出した四月分料金四九二万一一八〇円を支払うことを求めたが、被控訴人はこれに応じなかつた。そこで、控訴人は同年五月二六日被控訴人に対し右金額のし尿収集運搬代金仮払を求める仮処分申請をした(その後、控訴人は、被控訴人から任意に仮払を受けたので、同年六月九日右申請を取り下げた。)。また、控訴人は、同年五月二六日、金谷、鈴木両弁護士とともに、委託料につき協議をして円満解決できる機会を与えてほしい旨の申入れを被控訴人に対して行ない、同年六月三〇日に会談をすることになつた。

右のように控訴人、被控訴人間の契約交渉が進展しない中にあつて、被控訴人側では、同年六年三日第一回臨時議会開会前の議会全員協議会において、控訴人との契約問題が検討された結果、し尿収集運搬業務を直営化する考えが打ち出されるとともに、同年四月一日から同年六月三〇日までの控訴人に対するし尿汲取料を一八リットル一一〇円の割合で仮払することを決議した。そして、被控訴人は、同年六月五日付内容証明郵便により、同年四月一日付をもつて送付した契約書については二か月を経過しても不成立のため取消す旨の通知(契約申込の撤回と解される。)をなし、同年六月七日付内容証明郵便により、念書は行政行為の有効要件を欠いているから無効であること、同年四月分のし尿汲取料金は仮払として支払つた旨を回答した。

これに対して、控訴人は、同年六月一八日付内容証明郵便により、右契約の取消しは承知できないこと及び念書無効の理由を再度尋ねる旨の通知をした。また、控訴人は、先の約束に従い、同年六月三〇日、金谷、鈴木弁護士を同道して被控訴人を訪れ、①念書は、これが作成された経過と事情を考慮した内容を再検討した結果等を折り込んだ新しい契約を取り交わすことによつて、破棄してもよい、②昭和五一年度は委託料を一八リットル当たり一一〇円とするが、輸送料は右委託料とは別に支払うこととし、右輸送料の適正額について資料を交換して話し合う、③新契約は、契約内容の検討、輸送料の確定をまつて締結するが、それまでは暫定的に一一〇円で業務を遂行する旨の申入れをしたが、合意に達するには至らなかつた。

その後、被控訴人の議会は、同年七月七日第二回臨時会において、直営への切替えと同年七月一日から切替日までのし尿汲取料の仮払の決議をした。そして、これに基づき、被控訴人は、同年七月二〇日付内容証明郵便をもつて、控訴人からの同年六月三〇日の前記申入れには応じられないこと、被控訴人の管内全域のし尿収集運搬は議会の決定に基づき今後被控訴人が直営で行なうことになるので、控訴人が事務管理として行なつているし尿収集運搬は同年八月二〇日限り打ち切り取り止めること、右期日までの間に控訴人が行なつたし尿収集運搬分に対しては、その費用を従前どおり一八リットル当たり一一〇円の割合により償還する旨の通告をした。

右通告に対して、控訴人は、同年七月二六日付内容証明郵便により、被控訴人とのし尿収集運搬契約は現在有効に継続されている旨、及び同年八月二〇日以降も業務提供を継続するので、右業務提供を妨げるときは、これに伴う損害一切を被控訴人に請求する旨の回答をした。

しかし、被控訴人は、同年八月一四日付内容証明郵便により、直営によるし尿収集運搬業務の開始につき、控訴人が業務を継続し、被控訴人の直営業務に支障を生ずることがあれば、すべて控訴人の責任であるとの通告をなし、同年八月一六日、し尿汲取手数料を一八リットル当たり一〇五円とし同月二一日から施行するとの条例を制定し、次いで、同月一九日、東邦清掃株式会社との間に、車両及び運転手、助手の借り上げ契約を締結して、直営化の準備を進め、同月二一日以降、し尿収集運搬を直営化した。

三以上認定の事実に基づいて昭和五一年四月一日以降の控訴人と被控訴人との間の委託契約の存否について検討する。

1(一)  控訴人は、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「法」という。)六条三項及び同法施行令(以下「令」という。)四条に基づいて締結された控訴人、被控訴人間のし尿収集運搬委託契約は、長期継続契約であり、同業務の公共性及び特殊性からして、令四条所定の委託基準不適合等受託者側の責に帰すべき事由が認められるか、もしくは、公益上特別の観点から契約を終了させる必要性がある場合を除き、一たん締結された契約は消滅しないものである旨主張する(二、1、(一))。

法は、廃棄物を適正に処理し、及び生活環境を清潔にすることにより、生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図ることを目的として制定されたものである(一条)が、法及び令の規定をみると、六条は、市町村は、その区域内における一般廃棄物の処理について一定の計画を定め、これに従つて一般廃棄物を生活環境の保全上支障が生じないうちに収集し、運搬し処分しなければならない旨規定し、その三項において、市町村が行なうべき一般廃棄物の収集、運搬及び処分に関する基準並びに市町村が一般廃棄物の収集、運搬または処分を市町村以外の者に委託する場合の基準は、政令で定めると規定し、これを承けた令四条は、右委託をする場合につき、一号から九号までの詳細な基準を掲げ、もつて、一般廃棄物に関し市町村処理の原則を定めるとともに、右処理に関する事業の能率的な運営のため、これを市町村以外の者に委託することを許容し、同時に右委託処理の適正な実施を図るため、受託者の能力及び資格並びに委託契約の内容について厳格な要件を定めていることが認められる。

右のように法及び令が受託者の能力及び資格等の要件を定めているので、右処理業務の受託者は、控訴人主張のとおり右業務遂行に必要な設備、器材、人員のすべてを自己の責任と負担において維持しなければならず、また、右業務の特殊性から、その設備、器材等の中には他の業種へ転換使用することが不可能なものもあるところから、受託者が既成の契約関係の存続に依存する度合が強く、長期間にわたつて契約関係が存続することに利益を有することは事実であろう。しかし、そのことの故に、法及び令が右委託契約に控訴人主張のような長期継続的性格を付与しているものと結論するのは早計である。けだし、法及び令の委託基準に関する定めは、市町村が一般廃棄物の処理業務について市町村以外の者と委託契約を締結するに当たつて配慮しなければならない事項を規定したいわば訓示的規定であり、それは、当該業務が住民生活と直接結びつく業務であることから、不法投棄等を防止し、委託処理の適正な実行を期する趣旨に基づくものと解されるからである。そして、市町村の締結する契約については、地方自治法二三四条から二三四条の三までに特別の定めがあるほか、地方自治法上の規制を受けることがあるのは当然であり、被控訴人も、地方自治法二九二条に基づきその適用を受けるものである。

右のとおり法及び令に基づいて、市町村が行なう一般廃棄物処理業務の委託は、市町村に課せられた公共的任務を達成し、その法目的を実現するために締結する契約であるから、公共的性格を帯びてはいるが、それ自体は私法上の契約を媒介とした行政活動ということができる。従つて、その契約内容及び契約期間の定め等については、結局、契約当事者の意思の合致結果である契約内容等の確定あるいは契約の解釈という作業を通じてこれを決するほかないものというべきである。

そこで、以下においては、控訴人、被控訴人間の委託契約関係における契約期間の合意内容に検討を加えることとする。

(1) 二項の2、3において認定したところによれば、控訴人会社の代表者萩原秋子と被控訴人との間に、し尿収集運搬の委託契約関係が成立したのは昭和四一年八月頃、控訴人と被控訴人との間に、右委託契約関係が生じたのは、控訴人が設立された後である昭和四二年八月頃と認められるが、右当事者間にはその当時から昭和四六年七月二七日に至るまで委託契約書の作成がなされていないので、その契約内容については二項で認定した委託料の変更及び委託地域の点を除き、その詳細は不明であり、これを確認するに足りる疎明資料もなく、その合意内容を確定することはできない。

なお、前掲疎乙第三七号証中に編綴されている昭和四三年四月一日付のし尿収集運搬委託契約書の案五条によれば、「し尿の収集ならびに運搬委託期間は契約の日から一年とする。ただし、再契約は妨げない。」旨記載されていることからすると、被控訴人には右当時から委託期間につき一年を越える契約を締結する意思がなかつたものとも窺われないわけではないが、この点についての合意内容は前記のとおり昭和四六年七月二七日付の委託契約書が作成されるまでの間は明らかでない。

(2) 次に、二項5の認定経過に基づき控訴人、被控訴人間において調印された昭和四六年七月二七日付の委託契約書によれば、委託期間は昭和四六年四月一日から一年とする(ただし、再契約は妨げない。)ものとされ、それ以降昭和五一年三月三一日までの間、右当事者間には、二項6ないし9で認定したとおり、被控訴人の会計年度に合わせた委託期間を一年とする契約書が作成され、再契約を妨げない旨の規定に従い契約の調印が重ねられてきたことからすると、昭和四六年度以降、控訴人、被控訴人間に締結されるし尿収集運搬委託契約における委託期間については、これを一年すなわち被控訴人の会計年度を越えないものとし、再契約を繰り返すことによつて契約関係を事実上継続させる旨の合意が成立したものと認めるのが相当である。

なお、昭和四九年一〇月一日付の委託契約書では、二項8に認定の理由から委託期間を昭和四九年一〇月一日から昭和五〇年九月三〇日までとされたが、昭和五〇年一〇月一日付委託契約書では、委託期間を昭和五〇年度の会計年度末である昭和五一年三月三一日限りをもつて終了するよう修正されていることからすると、被控訴人には一会計年度を越える契約を締結する意思がなかつたものと認められる。

更に、被控訴人の締結する契約については、前記のとおり地方自治法二三四条から二三四条の三の規定の適用を受けるところ、同法二三四条の三に定める場合を除き(後記説示のとおり控訴人、被控訴人間のし尿収集運搬委託契約には同法条の適用がない。)、被控訴人の会計年度を越える債務負担を伴う契約を締結するには、債務負担行為として同法二一四条に基づき予算上の措置を講じ議会の議決を経なければならないが、控訴人、被控訴人間のし尿収集運搬委託契約について右議決がなされた形跡もないことからすると、右契約関係が被控訴人の会計年度を越える長期継続契約として成立したものとは認め難く、前記のとおり毎会計年度再契約を繰り返していく契約が成立したものと解するのが相当であり、昭和四六年度以降については契約書自体からもそのことが明らかである。

(二)  これに対し、控訴人は、昭和四六年七月二七日付の委託契約書の調印とともに、取り交わされた同日付の念書、覚書により、控訴人、被控訴人間の委託契約の長期継続性が確認されている旨主張する。

ところで、右念書、覚書が作成された経緯は、二項5において認定したとおりであり、これらが控訴人の経済的地位を安定させる意図の下に作成交付されたものであることは窺えるが、このうち念書の記載は市町村長の許認可事項に関するものであるから、これによつて委託契約の性質を決定づけるものと認めることはできない。また、覚書中にある「委託料は毎年検討すること」等の記載からすれば、控訴人、被控訴人間の委託関係が将来にわたり存続することを予定していたものと認められるが、そのことから直ちに、控訴人、被控訴人間の委託契約が控訴人が主張するような意味で長期継続的なものとして締結されたものと結論づけることはできない。けだし、被控訴人が締結する契約は、地方自治法二三四条から二三四条の三によりその契約方法等が規制されており、会計年度を越えて効力を有する長期継続契約は、同法二三四条の三に定める場合を除き、債務負担行為として議会の議決が必要なところ、前記のとおり控訴人、被控訴人間の委託契約にはその議決が採られた形跡がないだけでなく、当事者間に契約関係を長年にわたり存続させる手段としては、右のほか、会計年度毎に契約更新を繰り返したり、再契約を重ねていく方法もあるのであるから、右念書、覚書の作成交付をもつて、控訴人、被控訴人間の委託契約が控訴人が主張する意味での長期継続契約であると認めることはできない。しかして、控訴人、被控訴人間の委託関係においては、毎会計年度再契約を重ねていく方法が選択されたことは、前述したとおりである。

また、控訴人は、被控訴人のし尿取扱に関する条例が受託者の休止廃止を規制しながら、被控訴人による委託打ち切り行為についてなんらの規定も設けていないのは、被控訴人側の委託打ち切りを予定していないものと解することができる旨主張するが、右条例六条は契約存続中における受託者の休廃止に関する規定であり、これをもつて、契約当事者の自治に委ねられた契約内容、契約期間を規制づける資料とすることはできない。

更に、控訴人は、委託契約書にある「期間一年」の定めは、契約期間の定めと解すべきではなく、会計年度毎に適正委託料を検討する趣旨のものである旨主張するが、前記(一)において認定した契約当事者の意思に照らすと、右期間の定めを単なる委託料の改訂期間という趣旨に限定して解釈することは到底できないものといわなければならない。

2  控訴人は、控訴人、被控訴人間の委託契約関係の長期継続性は地方自治法二三四条の三の拡張解釈もしくは類推適用からも肯定されるべきである旨主張する(二、1、(二))。

しかしながら、同条は会計年度を越えて効力を有する長期継続契約に関する規定であるから、し尿収集運搬委託契約に同条の類推適用があるとしても、このことから直ちに当該委託契約が控訴人が主張する意味での長期継続的性格を有するとはいえない。そればかりでなく、右地方自治法二三四条の三の規定は、地方公共団体等の債務負担行為を予算で定めておかなければならないとする同法二一四条の特則を限定的に認めたものであるから、継続性を有する業務でも、右に列挙された契約以外のものについては、これを拡張ないし類推して適用することはできないものといわなければならない。

3  控訴人は、控訴人、被控訴人間の委託契約は、被控訴人による予算措置不能を解除条件とする長期継続契約として成立したものである旨主張する(二、1、(三))。

しかしながら、1、(一)、(1)に説示したとおり控訴人、被控訴人間にし尿収集運搬についての委託契約関係が成立したと認められる昭和四二年八月当時の契約内容は、委託料及び委託地域の点を除き、明らかでなく、結局、控訴人の右主張を認めるに足りる疎明資料もないので、これを採用することはできない。

なお、前記1、(一)、(2)のとおり、昭和四六年七月二七日付委託契約書により、委託期間を一年と限る(ただし、再契約は妨げない。)旨明文化され、爾後、被控訴人の会計年度に合わせた委託期間を内容とする再契約が重ねられてきたことからすると、昭和四六年度前の控訴人、被控訴人間の委託契約関係についても、右と同様の合意があつたものと窺えないでもないが、仮にこれと異なる合意があつたとしても、昭和四六年度以降は右に抵触する限度では消滅または変更されたものと解するのが相当である。

4(一)  控訴人は、控訴人、被控訴人間の委託契約関係が単年契約によるものであるとしても、右当事者間に委託関係が成立した時点において、期間満了時に控訴人に委託基準不適合という契約解除事由がない限り契約の自動更新をする旨の合意が成立している旨主張する(二、2、(一))。

しかし、前記1、(一)、(1)において説示したとおり、控訴人、被控訴人間に委託契約関係が生じたものと認められる昭和四二年八月当時の契約内容は、委託料及び委託地域の点を除き、明らかでなく、控訴人の右主張を認めるに足りる疎明資料も存しない。なお、二項の3ないし5において認定したとおり、控訴人、被控訴人間においては、昭和四二年八月以降昭和四六年七月二七日までの間、契約書調印についての合意が成立しないまま委託関係が継続されてきているが、この事実のみをもつて、控訴人と被控訴人とが最初に委託契約関係に入つた時点で、控訴人主張のような自動更新についての合意が成立したものと即断することはできない。

(二)  控訴人は、昭和四六年七月二七日付の覚書、念書により委託契約の長期継続性が特約されたから、右時点で、控訴人、被控訴人間の委託契約は自動更新される旨の合意が成立した旨主張する(二)、2、(二))。

しかし、右覚書、念書の作成交付をもつて、控訴人、被控訴人間の委託契約が控訴人が主張するような長期継続契約となつたことを基礎づけ得ないことは、前記1、(二)において説示したとおりであり、また、二項5で認定した右覚書、念書の作成経緯及び同覚書、念書である疎甲第七号証の一、二の記載内容によつても、控訴人主張の合意の成立は疎明されず、かえつて、右委託期間に関する当事者の契約意思は前記1、(一)、(2)において認定したとおりである。

(三)  控訴人は、控訴人、被控訴人間の委託契約は期間の満了をもつて終了せず、右当事者間には、議会による予算措置があることを停止条件として自動的に契約の更新を行なう合意が成立している旨主張する(二、2、(三))。

しかしながら、本件全疎明によるも、控訴人主張の如き合意が成立したものと認めることはできず、委託期間に関する当事者の合意内容は前記1、(一)、(2)において認定したとおりであり、右主張は採用できない。

(四)  控訴人は、委託契約の性質及び従来の契約関係の実態に照らし、控訴人側に委託基準不適合の事実が認められず、また、被控訴人側にも特に公益の観点から委託契約を終了させねばならない必要性がないのに、被控訴人が控訴人の契約更新の申入れを拒絶したのは権利の濫用であり、また正当事由により更新を拒絶する場合でも、被控訴人が控訴人に対し相当な補償をしない限り、委託契約は終了しないものと解すべきである旨主張する(二、2、(四))。

右主張は、控訴人、被控訴人間に委託契約についての更新応諾義務が存することを前提とするものとも理解されるが、右のような応諾義務を認めるに足りる疎明はないのみならず、控訴人、被控訴人間において従来調印されてきた委託契約書によつても、控訴人主張のような正当事由がなければ契約の更新拒絶をすることができないとする特約が成立していたことを見出すことはできず、再契約を妨げない旨の条項が存するにとどまることが疎明されるものである。従つて、控訴人の右主張は採用できない。

なお、昭和五一年四月一日以降、控訴人、被控訴人間に再契約が締結されなかつたことにつき、被控訴人の側に権利濫用を認めるに足りる事情がないことは、後記8において説示するとおりである。

5(一)  控訴人は、被控訴人が昭和五一年四月一日付で、昭和五一年度のし尿収集運搬委託契約書を控訴人に送付し右契約の申込みをしたのに対し、控訴人は、直ちに口頭で承諾する旨の意思表示をしたことにより、あるいは、同年四月一〇日付内容証明郵便で、委託料に関する条項を留保した上で契約調印に異存がない旨を被控訴人に回答したことにより、同年度の委託契約は成立した旨主張する(二、3、(一))。

しかしながら、控訴人が、被控訴人の昭和五一年四月一日付委託契約書をもつてする契約の申込みに対し、条件を付けることなく、口頭でこれを承諾する旨の意思表示をしたことを認めるに足りる疎明はない。また、控訴人は、二項10において認定したとおり、昭和五一年四月一〇日付の内容証明郵便で右主張のとおりの通知を被控訴人に対して行なつているが、これをもつて契約が成立したものと認めることはできない。けだし、二項10において認定したとおり、被控訴人が疎甲第一号証の七の委託契約書により控訴人に対してなした契約の申込みは、昭和五一年四月一日以降の委託料を一八リットルにつき一一〇円として無条件に契約書への調印を求めたものであるのに対し、控訴人の被控訴人に対する通知は、委託料を一一〇円とすることを留保した上で、右契約書に調印することには異存がない旨の意思を表明したものであつて、右両者の意思表示には委託契約の要素である委託料について意思の合致があるとは認められないからである。

(二)  これに対し、控訴人は、右委託契約の委託料は、令四条六号により客観的抽象的には常に特定されているから、具体的に委託料額の合意がなくても、契約の成立に消長をきたすものではなく、新委託料の決定に至るまでの間は前年度の委託料額をもつて従前の契約関係を維持する合意がなされたものとみるのが相当である旨主張する。

ところで、令四条六号の規定によれば、一般廃棄物処理事業の民間委託の際の基準として、「委託料が受託業務を遂行するに足りる額であること。」とされているが、これは前述したとおり市町村が一般廃棄物処理事業について民間と委託契約を締結する際の委託料決定に当たつて配慮しなければならない事項を規定したいわば訓示的規定であつて、その趣旨は、当該業務が住民生活と直接結びつく業務であることから、不法投棄等の防止を主眼としたものであつて、「受託業務を遂行するに足りる額」とは、原価計算方式に基づいて算出した原価に、適正な利潤を加味した額という意味と解される。しかして、「受託業務を遂行するに足りる額」については、右のように抽象的定義を与えることができるが、これから個々の委託契約における委託料の絶対的基準が導き出されるわけのものではなく、右令の趣旨を逸脱しない範囲においては受託業者間の自由競争原理も許容されているものであり、かつ、その範囲内では契約当事者の自治に委ねられているのであるから、委託料額が常に客観的に特定されているものということはできない。

従つて、法及び令に基づく一般廃棄物処理業務の委託契約においては、委託料額をいくらに決定するかは、委託契約の中心的要素を構成するものというべきであつて、この点についての合意を留保して委託契約が成立するとは到底認め難いものといわなければならない。

また、被控訴人は、二項10において認定したとおり、議会の議決を受けて、昭和五一年四月一日以降委託料を一八リットルにつき一一〇円を越える額では再契約できない旨を控訴人に明示した上、昭和五一年度の委託契約の申込みをしているのであるから、過去において委託料額の決定及び再契約の調印が当該会計年度にずれこんでなされた事例があつたとしても、昭和五一年度の委託契約について控訴人主張のように前年度の委託料額をもつて従前の契約関係を維持する合意がなされたものと即断することはできない。

6  控訴人は、昭和五一年五月一一日被控訴人との間に昭和五一年度の委託契約が成立した旨主張する(二、3、(二))。

しかし、二項10で認定したとおり、控訴人と被控訴人とが面談した右日時に控訴人主張のように契約が成立したものとは認められず、他にこれを認めるに足りる疎明資料も存しない。従つて、控訴人の右主張は採用できない。

7  控訴人は、昭和五一年四月一日付の委託契約書による被控訴人の契約申込に対し、控訴人の同年五月一〇日付の被控訴人に対する請求書に「委託料につき新協定が成立するまで暫定的に前年通り一八リットル当り一一〇円とすることに合意する。」旨を記載した上、これを被控訴人に交付したことにより、昭和五一年度の委託についての暫定的契約が成立した旨主張する(二、3、(三))。

しかしながら、請求書の要旨は、「昭和五一年度の協定未成立につき暫定的に前年度の委託料によつて計算した料金を請求する。新協定が成立したら遡つて新料金で請求する。」というものである。そうすると、右文言は将来新協定(契約)の成立することを期待しつつそれまでの間の暫定措置を控訴人側で一方的に採つたことを通告する趣旨にすぎず、契約成立までの間の暫定契約の申込みの趣旨を見出すことはできない。従つてその余の点について論及するまでもなく、右暫定契約の成立は認め難いものである。

8  控訴人は、被控訴人が昭和五一年度の委託契約の更新あるいは再契約に応じなかつたこと、控訴人の暫定契約の申込みに応じなかつたことは権利の濫用あるいは信義則違反である旨主張する(二、4)。

しかし、前記2において検討したとおり控訴人、被控訴人間の委託契約には契約の自動更新についての特約が存したことを認めることはできず、また、控訴人の主張二、3、(三)に記載の請求書をもつて暫定契約の申込みがあつたものと認めることができないことは前記7において説示したとおりであり、自動更新条項及び暫定契約の申込みの各存在を前提とする控訴人の右主張は採用できない。

判旨更に被控訴人が昭和五一年四月一日以降再契約に応じなかつたことが権利の濫用であるとすることはできない。すなわち、被控訴人の締結する契約については、前述のように地方自治法上の制約が働き、控訴人と被控訴人との間における従来の委託契約は、被控訴人の会計年度に合わせた期間一年の単年契約とされ、再契約を繰り返すことによつて契約関係を事実上継続させる旨の合意が成立していたものであるが、右契約の趣旨は、期間満了に際して双方当事者に再契約の締結の可否及び契約締結の場合の契約内容を再検討する機会を与える趣旨であると解される。そして、委託される業務が住民生活に直接的に結びついているばかりでなく、その経費が住民の経済的負担にも重大な影響を及ぼすものであるから委託料額についての交渉の成否が契約締結の可否についての当事者の意思決定を左右することがあり、その不一致により当事者の一方が契約の締結を拒否することがあり得ることも予定されているものというべきである。そして、前述したとおり法及び令の趣旨を逸脱しない範囲においては、委託料額の決定につき契約当事者の自治及び受託業者間の自由競争も許容されており、控訴人主張の委託料額が絶対的基準となり得るわけではなく、それ以外でも、法及び令の予定する業務を適正に遂行し得る受託業者がいれば、被控訴人はこの者との間に契約を締結する自由を有するのである。更にまた、市町村が直営によつて右業務を遂行する場合の手数料と民間に委託する場合の委託料との比較衡量において、これを直営によつて遂行する方が安価で住民福祉に適う場合には、直営化を選択することも許容されるものというべきである。

しかして、被控訴人側において、控訴人との契約関係を断ち切るための手段として、いかなる受託業者によつても適正な業務遂行を期待できないような極めて低額な委託料額を提示し、再契約を拒絶させるように仕向けた等の特別の事情がある場合は格別、本件では、二項10に認定した経緯に基づき昭和五一年度の委託契約の締結交渉において委託料額の点で折り合いがつかなかつたため決裂して再契約に至らなかつたもので、右のような特別の事情を見出すことはできないこと等を考慮すると、控訴人、被控訴人間の委託契約関係が過去一〇年間継続してきたこと、そこにおける控訴人の実績及び前記念書、覚書の存在、再契約がなされないことによつて蒙る控訴人の損失その他控訴人の主張する諸々の事情を勘案してみても、被控訴人の側に権利濫用ないし信義則違反行為があつたとして、昭和五一年度の委託業務についての再契約が成立したのと同一の法律効果を付与することはできない。

9 控訴人は、被控訴人との間には昭和五二年度以降も委託契約関係が存続している旨主張する(二、5)が、控訴人がその主張の根拠とするところは、以上1ないし8に説示した理由により明らかなとおり、いずれも採用できないものである。

10  以上の次第で、控訴人と被控訴人との間の委託契約関係は、昭和五一年四月一日以降につき再契約が成立しなかつたことにより、同年三月三一日限りをもつて終了したものというべきである。

なお、控訴人は、控訴人、被控訴人間に委託契約関係が存在するか否かにかかわらず、被控訴人はその管下住民のし尿を処理すべき法的義務があるから、控訴人の所へ現実に収集されたし尿については、控訴人に収集する権利があるかどうかの問題はともかく、これを控訴人が処理場に搬入し処理するのを拒絶することは許されない旨主張している(三、3)が、原審及び当審における控訴人代表者本人の尋問の結果の一部によると、被控訴人が処理場への搬入処理を拒否しているし尿は、控訴人が昭和五一年八月二一日以降収集した分についてであることが一応認められる。

そうすると、被控訴人が住民に対して控訴人主張のような法的義務を負うとしても、二項10において認定した経緯に基づき収集中止の通告を受けた後である昭和五一年八月二一日以降において、控訴人が一方的に収集したし尿についてまでも、被控訴人がその処理を受忍しなければならない私法上の義務を当然に負わなければならないものとは認め難い。

11  以上のとおりであるから、控訴人と被控訴人との間に昭和五一年四月一日以降も委託契約関係が存続していることを前提とする本件各仮処分申請は、結局、被保全権利について疎明がないことに帰着し、保証をもつて右疎明に代えることも相当でないから、その余の点について判断するまでもなく、失当として却下を免れないものというべきである。

四よつて、これと結論を同じくする原審昭和五一年(ヨ)第五九号事件の原判決及び原審昭和五一年(モ)第二三六号事件の原判決の結論はいずれも相当であつて、本件各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(瀧川叡一 上本公康 玉田勝也)

別紙<省略>

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